私たち、生まれつき、あるいは、幼少のころに視覚障害になった者は、小学校、今では、幼稚園から親元を離れて、盲学校とその施設で暮らす事を余儀なくされます。 しかも、壱岐や対馬から盲学校に通う人たちは、目の前に大都市、福岡を横目で見ながら、長崎へ通ったものです。 終業式が終わって、家に帰ると言っても、並大抵ではありません。 長崎を夜の11時3分の鈍行列車(どんこうれっしゃ)に乗って、博多まで6時間、博多駅には朝の5時24分に付きます。 そして、朝の9時の船に乗るのです。 当時は、3時間以上掛かっていたかも知れません。 そして、盲学校に戻るのもこれまた一苦労。 朝の5時に起きて、9時の船に乗り、それから博多駅までバスかタクシーに乗り、長崎行きの汽車に乗って行くのです。 朝に壱岐を足っても、夕方にしか長崎へは着きません。 ああ、壱岐が福岡県だったら、半日で着くのになあと思っていたものです。 それにしても、兄と二人、父と母は、私たち兄弟を毎学期ごとに良く送り迎えしてくれたものだなあと改めて感謝しています。 ![]() 上の写真は、郷ノ浦港を出発しようとしている、博多行きのフェリーの写真です。 海の対岸の弁天崎公園から撮りました。 今までは、船の上から壱岐が離れて行く様子を眺めていましたが、今は、船が壱岐を離れて行く様子を見る事になってしまいました。 これからずっと壱岐で暮らすんだなあとしみじみ思ったものでした。 平成10年の4月にこの様を見た時には・・・。 |